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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

彷徨う大和魂-43 東仙坊のシリアスな「ウチナーンチュ」考!?


Since it became the world of globalization inevitably, we Japanese alone also have to do a squatting debate with face and face with foreigners(否応なしにグローバリゼーションの世界になってしまった以上、我々日本人も、外国人と顔と顔をつき合わせての侃々諤々のディベートをするしかないのでは)?

我が国がなぜにこれほどまでに情報戦に弱く外交下手なのか?
それは外務省なるものの人材不足、能力不足もあるが、本質的に人を信用しやすいお人好し丸出しの日本人の性質に問題があることは明白。
さらに、ただ相手国の言語を通り一遍に差し障りのないように話すだけしかできない外務省職員しか採用しないことも問題。
性悪説しかない世界では、それぞれが自国ファーストの世界では、相手をオープンハートにして欲しい情報を得るには、相当の手練手管が必要。
それこそ、相手の裏社会にまでネットワークを張り巡らさなければダメ。
その意味でも、本物のコミュニケーション能力を持ったヒューマンリソース、ヒューミントの確保が絶対に不可欠。
その見地からすると、昔も今も、我が国の外務省とインテリジェンスの無能さは、世界一とも言えると思うが…。
それは、前回、取り上げた「ヤルタ会談」についても、顕著。
その証拠が、これまたブレッチリーパークが解読したUK国立公文書館所蔵の秘密文書「KV2/155」。
◆UK国立公文書館所蔵の秘密文書「KV2/155」
ドイツのストックホルム駐在情報士官カール・ハインツ・クレーマーは、ヤルタ会談開催中の1945年2月8日と会談後の1945年2月21日、親衛隊情報部あてに「ヤルタ会談でソ連が対日参戦する政策に転換した」と電報。
そして、その情報をドイツ政府内で共有しただけでなく、ドイツ外務省は、1945年2月14日、1945年2月24日、そのまま世界各地の全在外公館に伝え、さらに1945年2月19日、1945年2月21日、1945年3月10日、その詳報を一斉通報。
そう、USSRが、日ソ中立条約を破り満州侵攻をj実行する半年前のヤルタ会談で、USSRが対日参戦の密約を結んだとの情報を我が国は入手しながら、それが実行されるまで情報を生かせず犠牲を増やしたというのである。
しかも、そのドイツのストックホルム駐在情報士官カール・ハインツ・クレーマーは、実はその情報をストックホルム駐在小野寺信陸軍武官から、「ロンドンの亡命ポーランド政府から入手した」と提供されていたというから、東仙坊、メチャクチャショック。
それは、USA国立公文書館所蔵秘密文書でも、カール・ハインツ・クレーマーがドイツ降伏後、「ストックホルム駐在小野寺信陸軍武官と活発に情報交換し、1945年2月に連合軍の極めて重要情報の提供を受けた」と答えていることでも裏が取れているとも。
そ、そ、それだけじゃない。
そのストックホルム駐在小野寺信陸軍武官、1945年2月中旬、日本の参謀本部に緊急電報で打電しているというのである。
そして、大島浩ベルリン大使も、1945年3月にドイツのヨアヒム・フォン・リッベントロップ外相から知らされ、1945年3月22日外務省に打電。
さらに、1945年5月以降、ベルンやリスボンの在欧武官からもUSSR参戦情報がが打電されていたとも。
と、と、ところが、おバカな我が日本政府、そんなUSSR頼みの終戦工作にこだわり、その情報を握り潰していたというから、最悪。
どうだろう?
これが世界の現実で、金、金、金の自国ファーストになった時代になった現在の世界では、間違いなくもっともっと辛辣かつ強烈な情報戦が行われているのでは?
そこで生き抜く最低限の原則は、自分の国はまず自分たちで守るという発想なのでは?
そ、そ、それなのに、自国の領海やEEZにミサイルを撃ち込まれるたびに、USAやサプア、中国やロシアを頼りにする、口先オトコのような我が国のなんとみっともないことか?
そんな脆弱な姿勢が、世界からつけ込まれてしまう原因になっていると思わないか?
傍若無人な歴史デタラメ国家中華人民共和国が、自分たちがチカラ尽くで打倒した中華民国のかつての阿漕な要求まで活用し、沖縄は我々のモノだと言い出すのも、その姿勢をつけ込んできているのでは?
それに対し、450年間「琉球王国(ルーチュークク)」があったことは事実だし、外交上の理由から明・清の冊封を受けていたのも事実だが、1879年以来、沖縄は国際的に列記とした日本だと一蹴できないのか?
そして、1609年から日本の薩摩藩の実質的な支配下にある日本だと、それから、1673年羽地朝秀の琉球の王国正史「中山世鑑」によると「12世紀源為朝(鎮西八郎)の子が琉球王家の始祖舜天であり、もともと琉球人の祖先もかつて日本から渡来してきたのだ」と、
沖縄学研究者伊波普猷によると「琉球の古語や方言に中国文化の影響が見られない7世紀以前の日本語の面影が残っているため中国文化流入以前に移住した」と、高宮広士札幌大学教授によると「沖縄の島々に人間が適応できたのは縄文中期後半から後期以降であるため10世紀から12世紀ごろに農耕をする人々が九州から沖縄に移住した」と、ミトコンドリアDNA的にも沖縄県民は中国人や台湾人とはとても遠く九州以北の本土住民と近い」と、なぜ言い返さないのか?
それ以上に、沖縄は我が国の最大の国防上の要衝だと、なぜ言い切れないのか?
それこそが、沖縄とアウンの呼吸になれない一番の理由なのでは?

It must be time to abandon the sweet idea that we can sink into the water if we apologize to the Japanese(我々日本人独特の謝れば水に流してもらえるという甘い考えを、キッパリと棄てるとき)!

To be continued...




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東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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