プロファイリング-4 香川坂出3人殺害事件-1
Sound’s creepy(何かグジャグジャな気がする)!
この事件のニュースが飛び込んできたとき、東仙坊の独特のintuition(hunch、勘)で、ベトベトで胡散臭くてとてもイヤな感じがして、触りたくないと正直思った。
そして、その直後から始まった、マスコミの低レベルでアホらしい取材攻勢によって、すっかり白け切らされてしまった。
Do what you like(お好きなように)!
それが本音だった。
それにしても、たびたびマスコミのありかたに批判を与えてきている東仙坊が見ても、奇妙で不可解極まりない報道だった。
いつもの選民主義的な視聴者を見下げたありかたよりも、驚くほど力が入り独善的だった。
多分、彼らでさえ十分その異様さを感じる環境があっただけに過ぎないのだろう?
Popularism(大衆迎合人気主義)はいつも核心から真実を遠ざけてしまう。
いくら甘ちゃんだからといって、マスコミは事実だけ精査し正確無比に伝えろなどと言っているのではない。
もし、単に把握する事実だけを報道したら、おそらく視聴者や読者が見向きもしないことぐらい、本業の仕事柄十分に理解している。
ただ、功を焦り、抜け駆けしたいだけで、稼ぎたいだけで報道することは、やはりモラルの上で、重大な問題があり、みっともない。自重すべきである。
いつものことながら、どこかその一方で、視聴者に対して媚を売り過ぎだし、卑屈になり過ぎである。
そんなことなどもあり、東仙坊は、香川坂出3人殺害事件のプロファイリングを差し控えていた。
確か、クソッタレである清田龍也をfocusしている最中に、ほんの少し触れ、何が何だかよくわからない事件と述べていたはずである。
This case might be complicated too much(この事件は複雑怪奇かも)!
しかしながら、川崎政則(61歳)なる奇っ怪なボケナスが殺人で再逮捕され、この事件も、なんだかわけがわからないまま収束してしまいそうな気配すらでてきた。
この期に及んで、この東仙坊が、なぜ、突然このボケナスをプロファイリングする気になったかというと、その漏れてくる犯行動機に、全く合点がいかないし、事件当初言われたようにこの事件には、間違いなく一見あまりにもガサツで稚拙過ぎて、それがゆえにかえってな巧妙なように見えてしまう、ウラがまだまだあると確信するからである。
殊勝にもエサをまいてくれた人に群れ襲いかかるようなハトのように、せっかくの夕飯のおかずにまとわりつくハエのように、放縦で卑猥な何かがあると確信するからである。
また、これを東仙坊が実行することで、不本意にもみっともないマスコミを助けることになってしまうこともやぶさかでない。
このまま口を閉ざしてなどはいられない。
東仙坊が最も重要視しているのは、人間の持つ“相”である。
その「木」と「目」から構成されている“相”は、歴然とその本質を外に現すからである。
「字通」によると、樹木が繁茂する様を遠くから目の上に手をかざして仰ぎ見ることから、見ることの意味になったとあり、また、祝頌の意をもつ魂振り的行為もあり、見ることが対者との呪的な交渉に入る方法になったとある。
簡単に言うと、“相”を見る人は、そこからその人の魂の本質を見抜き、よりよい方向へ再生するということでもある。
東仙坊が、“相”にこだわるのは、そこにイヤというほどその人間の本性を感じるからである。
その意味で、事件直後から、その被害者の父親であり娘婿(?、DADと呼ぶことにする)なるヒトの相、あえて言うなら、被害者たちの相がとても気になった。
これも、目に余っていた報道のお陰といえば、お陰なのだが…。
誰が何といおうと、この二人にやさしさや愛情というものが、孫2人にも幼い子らしい無邪気さが、それぞれ微塵も感じられなかったことが、極めて異様だった。
■東仙坊がいまだ疑問に思っているこの事件の顛末とホシの背景
①マスコミが容易に嫌疑をかけたように、あのDADの言動には、歴然とした疑問がイヤというほど残っている。
それ以上に、なぜあれほどまでにマスコミに露出できたのか?その真意が全く理解できない。
特に発している言葉に、子どもへの愛情や愛着や心配が全く感じられなかった。
②言われているように、金銭の貸し借りの問題に起因しているならば、貸した方は取り立てるだけであって、貸している相手を殺してしまったら、メリットなど全くない。
どんなボケナスでも、まずどのように金を取り返すかと頭を悩ませるのが普通である。
失礼ながら、出てくるヒトたちから、最低水準以上のお金の匂いが全く感じられなかった。
そのせいなのか、初めからこのタイプの事件にありがちな“金銭強奪のための誘拐”という話は一切出てこなかった。
③いまになって、相続における金銭問題まであるような話になってきているが、重ねて失礼ながら、入ってくる情報にそんなものが存在しているなんていう情況がまったく漂ってこない。
それどころか、いったいそれぞれに、どのようにして日常生活をしていたのか?どうしても疑わざるを得ない。
④相変わらずマスコミは「被害者を憎んでいました」とか「心からおわびしたい」とボケナスが口にしているというような、ピントのズレた報道に終始している。
そんなことでは、絶対にこの姑息で吝嗇この上ないボケナスの犯行動機など掴めるわけがないし、逆にその摩訶不思議なDADから謝罪要求までされてしまうのである。
第一、全く事件の核心や背景に触れていない。
⑤最初から死体遺棄場所をガセで供述したり、携帯電話の処理の仕方を再三言い直したり、用意周到に(?)死体を遺棄するための穴まで掘っていた、結構したたかで骨のありそうなボケナスなのである。
にもかかわらず、祖母のバッグを取らず、孫たちの靴すら持って行かず、ベッドの下に敷いてあったカーペットを持ち帰り、その下のカーペットの一部をL字型に切り取り持ち帰り、部屋中血だらけにしながら自転車まで持ち帰った、不可解極まりない知能犯(?)なのである。
しかも、このボケナス、身長160cmで、毎日プロティンを取り(?)、ジムに通い(?)、筋骨隆々(?)の61歳などにはとても見えない(?)マッチョだったのか?
だからこそ、いとも簡単に身長165cmの祖母、孫2人を一人で運び去ったのか?
To be continued...

この事件のニュースが飛び込んできたとき、東仙坊の独特のintuition(hunch、勘)で、ベトベトで胡散臭くてとてもイヤな感じがして、触りたくないと正直思った。
そして、その直後から始まった、マスコミの低レベルでアホらしい取材攻勢によって、すっかり白け切らされてしまった。
Do what you like(お好きなように)!
それが本音だった。
それにしても、たびたびマスコミのありかたに批判を与えてきている東仙坊が見ても、奇妙で不可解極まりない報道だった。
いつもの選民主義的な視聴者を見下げたありかたよりも、驚くほど力が入り独善的だった。
多分、彼らでさえ十分その異様さを感じる環境があっただけに過ぎないのだろう?
Popularism(大衆迎合人気主義)はいつも核心から真実を遠ざけてしまう。
いくら甘ちゃんだからといって、マスコミは事実だけ精査し正確無比に伝えろなどと言っているのではない。
もし、単に把握する事実だけを報道したら、おそらく視聴者や読者が見向きもしないことぐらい、本業の仕事柄十分に理解している。
ただ、功を焦り、抜け駆けしたいだけで、稼ぎたいだけで報道することは、やはりモラルの上で、重大な問題があり、みっともない。自重すべきである。
いつものことながら、どこかその一方で、視聴者に対して媚を売り過ぎだし、卑屈になり過ぎである。
そんなことなどもあり、東仙坊は、香川坂出3人殺害事件のプロファイリングを差し控えていた。
確か、クソッタレである清田龍也をfocusしている最中に、ほんの少し触れ、何が何だかよくわからない事件と述べていたはずである。
This case might be complicated too much(この事件は複雑怪奇かも)!
しかしながら、川崎政則(61歳)なる奇っ怪なボケナスが殺人で再逮捕され、この事件も、なんだかわけがわからないまま収束してしまいそうな気配すらでてきた。
この期に及んで、この東仙坊が、なぜ、突然このボケナスをプロファイリングする気になったかというと、その漏れてくる犯行動機に、全く合点がいかないし、事件当初言われたようにこの事件には、間違いなく一見あまりにもガサツで稚拙過ぎて、それがゆえにかえってな巧妙なように見えてしまう、ウラがまだまだあると確信するからである。
殊勝にもエサをまいてくれた人に群れ襲いかかるようなハトのように、せっかくの夕飯のおかずにまとわりつくハエのように、放縦で卑猥な何かがあると確信するからである。
また、これを東仙坊が実行することで、不本意にもみっともないマスコミを助けることになってしまうこともやぶさかでない。
このまま口を閉ざしてなどはいられない。
東仙坊が最も重要視しているのは、人間の持つ“相”である。
その「木」と「目」から構成されている“相”は、歴然とその本質を外に現すからである。
「字通」によると、樹木が繁茂する様を遠くから目の上に手をかざして仰ぎ見ることから、見ることの意味になったとあり、また、祝頌の意をもつ魂振り的行為もあり、見ることが対者との呪的な交渉に入る方法になったとある。
簡単に言うと、“相”を見る人は、そこからその人の魂の本質を見抜き、よりよい方向へ再生するということでもある。
東仙坊が、“相”にこだわるのは、そこにイヤというほどその人間の本性を感じるからである。
その意味で、事件直後から、その被害者の父親であり娘婿(?、DADと呼ぶことにする)なるヒトの相、あえて言うなら、被害者たちの相がとても気になった。
これも、目に余っていた報道のお陰といえば、お陰なのだが…。
誰が何といおうと、この二人にやさしさや愛情というものが、孫2人にも幼い子らしい無邪気さが、それぞれ微塵も感じられなかったことが、極めて異様だった。
■東仙坊がいまだ疑問に思っているこの事件の顛末とホシの背景
①マスコミが容易に嫌疑をかけたように、あのDADの言動には、歴然とした疑問がイヤというほど残っている。
それ以上に、なぜあれほどまでにマスコミに露出できたのか?その真意が全く理解できない。
特に発している言葉に、子どもへの愛情や愛着や心配が全く感じられなかった。
②言われているように、金銭の貸し借りの問題に起因しているならば、貸した方は取り立てるだけであって、貸している相手を殺してしまったら、メリットなど全くない。
どんなボケナスでも、まずどのように金を取り返すかと頭を悩ませるのが普通である。
失礼ながら、出てくるヒトたちから、最低水準以上のお金の匂いが全く感じられなかった。
そのせいなのか、初めからこのタイプの事件にありがちな“金銭強奪のための誘拐”という話は一切出てこなかった。
③いまになって、相続における金銭問題まであるような話になってきているが、重ねて失礼ながら、入ってくる情報にそんなものが存在しているなんていう情況がまったく漂ってこない。
それどころか、いったいそれぞれに、どのようにして日常生活をしていたのか?どうしても疑わざるを得ない。
④相変わらずマスコミは「被害者を憎んでいました」とか「心からおわびしたい」とボケナスが口にしているというような、ピントのズレた報道に終始している。
そんなことでは、絶対にこの姑息で吝嗇この上ないボケナスの犯行動機など掴めるわけがないし、逆にその摩訶不思議なDADから謝罪要求までされてしまうのである。
第一、全く事件の核心や背景に触れていない。
⑤最初から死体遺棄場所をガセで供述したり、携帯電話の処理の仕方を再三言い直したり、用意周到に(?)死体を遺棄するための穴まで掘っていた、結構したたかで骨のありそうなボケナスなのである。
にもかかわらず、祖母のバッグを取らず、孫たちの靴すら持って行かず、ベッドの下に敷いてあったカーペットを持ち帰り、その下のカーペットの一部をL字型に切り取り持ち帰り、部屋中血だらけにしながら自転車まで持ち帰った、不可解極まりない知能犯(?)なのである。
しかも、このボケナス、身長160cmで、毎日プロティンを取り(?)、ジムに通い(?)、筋骨隆々(?)の61歳などにはとても見えない(?)マッチョだったのか?
だからこそ、いとも簡単に身長165cmの祖母、孫2人を一人で運び去ったのか?
To be continued...


